神社・寺院の潜在的コミュニケーション・ニーズ
コミュニケーション需要は、あらゆる分野に存在します。しかし、今まで、焦点が当たっていない分野もあるでしょう。神社・寺院は、その典型かもしれません。もともと利益や集客を目的とした存在とは言えず、それゆえ広報などPRに無関心な分野、とも言えます。正月や節分など、混みあっている状況を映像で見ることが多いので、あまり感じることがないかもしれませんが、実は平日はほとんど訪れる人のいない神社・寺院も少なくありません。
神社・寺院は今も日本人の暮らしの中に根付いている、といえます。それは日本人との関係が深いともいえますが、見方を変えれば、無色透明な存在ともいえないでしょうか。ふだんは日本人の心の中に潜んでいて、結婚式の会場としたり、子供の七五三で使ったり等々、都合のいいときに時々引っ張り出される。日常生活の中で宗教的意義づけを考えることが少ないのでそんな風に活用されることも必然的な流れのように思えます。京都の神社を訪れたとき、「5円や10円ではなく、ご自分の願いにふさわしい額をお入れください」と書いてあって仰天したことがありますが、このような風潮に対するアンチテーゼなのかもしれません。
また、日本では一部の私立学校を除くと宗教教育は極めて希薄です。むしろ忌避されていると言えます。そのため、神社・寺院がどのような存在で、自分とどのような関係性をもつか考える機会も少ないのが実情です。他にも、人口移動や宅地開発によって地縁が薄れているのも「寺院・神社の心の中のプレゼンス」が縮小している要因かも知れません。このような状況が進行しつつあるとするならば、そしてそれにより来訪者・参拝者が減少し、それが神社・寺院のみならず地域の経済にも悪影響を及ぼしているならば、神社・寺院サイドからコミュニケーション戦略を仕掛けていくことも考えなければなりません。どんな戦略が考えられるのでしょうか?
地域性の味付け
まず意識すべきは地域性の味付けです。神社・寺院はそれぞれ個性を有しています。ただ、それはあまり理解されていません。例えば、奈良県御所市に葛木御歳神社(かつらぎみとしじんじゃ)があります。ここは「年神様」をお祀りする神社とされています。他にもお年玉の起源とされる風習が生まれたと言われる神社ですが、地域外には知られていませんでした。ただ、地元ではその稀少性が認識されていませんでした。地元の方々は、年神様をお祀りする神社は全国どこにでもあると思っていたのです。このように地元では一般的なことが地域外では大変に珍しいことが少なくありません。稀少な存在が認識されれば、広範囲から参拝者を呼び寄せることが可能になるかもしれません。
コミュニケーションによってひとつの神社・寺院のバリューが高まることで地域全体の訪問者数の増加や、それに伴う経済の発展につながるのであれば、その神社・寺院のバリューを考えることは地域のバリューを考えることと同義、とも言えそうです。
[Tips]
神社・寺院の意外な属性が、広報に地域性の味付けを盛り込めるチャンスに。
コミュニケーションにおいて重要な意味性
近年は祭祀などの性格を持たないイベントも祭りと呼ぶようになりましたが、元来は神様をお招きし、ご奉仕することを祀る(まつる)と呼びました。ただ、賑やかな行事ではなく、その意味性が重要なのです。紀文食品がおせちの広告で、年神様の由来を語っています。正月について、今もおせちを含めいろいろな行事や風習は残りながら、その元となっている年神様のいわれが忘れ去られているからでしょう。昔の人がどんな思いでお正月の習わしを受け継いできたのか知ることができれば、それぞれの習わしに対する私たちの関与も深まることでしょう。
神社・寺院にとっても、コミュニケーションの力でその原理や起源を浸透させることは有効と言えそうです。クリスマスがイエス・キリストの誕生日(とされる日)に由来していることは広く知られていますが、キリスト生誕を祝福することなど全く意識していない人にとっても、その言われや意味づけのおかげでクリスマスをエンジョイすることを「正当化」されるような気になるのは確かです。神社・寺院のそれとの隔たりの大きさは、コミュニケーションの総量にも影響を受けていることは確実で、戦略性も要求されます。前出の奈良県御所市・葛木御歳神社について言えば、御所市のホームページで、「正月の由来が今や忘れられているのは、年神様を祀る神社を有する奈良県の責任である」とするコラムを執筆しました。新聞コラムに転載され、話題を呼ぶこととなります。クリスマスやサンクスギビングデーなどの由来が知られていることとまさに対照的である世相を皮肉ってもいます。論争を提起するコラムを提供することで、話題喚起を生じさせました。「奈良県御所市には年神様をお祀りする神社があります。ぜひ参拝に行きましょう」と言うメッセージだけでは、なかなか注目させられないと考えたからでしょう。
[Tips]
意味性の付与で納得感を高める戦略へ
自治体、観光協会が一体となった広報戦略
筆者は2022年、静岡県焼津市を訪れました。駅から歩いて10分ほどのところに焼津神社があり、境内を歩いてみました。この神社の名を聞いたことはあったと思いますが、意識したのはこのときが初めてでした。焼津神社の創建は、今から1,600年以上も前。日本武尊焼津の守神としてお祀りをしたことに始まる大変古い伝統を有しています。毎年8月12、13日に行われる焼津神社の大祭は、東海一の荒祭りとされていますが、東海圏以外ではあまり知られていません。例えば、長野県諏訪大社で行われている御柱祭りが全国的に知られているのは、長野オリンピック開会式の影響もありますが、県と諏訪市、観光協会の広報努力によるところも大きいのです。自治体や観光協会と一体となった広報は広まりやすいといえます。
[Tips]
自治体、観光協会とのコラボレーション
相乗効果を期待する広報戦略
現在、広まっている事象を活用する戦術は相乗効果が期待でき、はまれば拡散していきます。パワースポットという概念、言葉が90年代に国内に周知されることとなりました。その場所へ行くこと自体が運を呼び寄せるという手軽な意味付けが広まるきっかけにもなりました。その中心の一つが神社・寺院となり、多くの人を呼び寄せることにつながっています。 アニメ人気を活用した事例もあります。以前から、巫女の服装は華やかに見えるものもあって、注目され、女子学生の人気アルバイト先にもなっていました。そこに「萌え」の要素を絡め、神社の巫女キャラクターを創り、かわいい絵柄の絵馬を販売したのです。若年層は、正月などを除けば、頻繁に参拝に訪れる場合が少ないので、ターゲット戦略として優れた事例といえます。萌えキャラクターはSNSとも親和性が高く、広がっていきやすかったのです。
2010年代から御朱印収集が人気を呼びました。各地の観光協会や旅行会社などが御朱印を素材としたイベントやツアーを主催し、グッズを販売する事例も多く見られました。このブームは一つの神社・寺院にとどまらず、複数を巡る効果もあります。
[Tips]
広まっている事象を活用して相乗効果を狙います
まとめ
ここでは神社・寺院を例にとり、その活性化にコミュニケーションの力がどのように寄与し得るか、について書きました。これまで、積極的な広報・コミュニケーション活動とは無縁に見えた業種でも、実は潜在的にそれらが必要とされている分野はあるのだ、ということがご理解いただけたでしょうか。直接的には非営利の団体でも、間接的には特定の地域やコミュニティの経済発展、果ては日本の商流にも影響力を持つものは、他にもありそうです。