デジタル化の波に揺れる出版業界の挑戦(書店編)

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デジタル化の波に揺れる出版業界の挑戦(書店編)

デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIの活用などによって、今後多くの職業や業態が大きく変容したり、人間がしていた仕事が機械やAIに取って代わられたりするだろうといわれています。

出版業界、とりわけ紙の印刷物を扱う書店という業態もそのひとつです。
出版科学研究所や日販の発表によると、2003年に全国に2万1千店近くあった書店は、2022年には1万1千店強と20年で約半分にまで減少しました。とりわけ実店舗を持つ書店は現在、全国で8千店ほどしかありません。数字だけ見ると一見存亡の危機にあるとも言える状態ですが、全国の書店では今、何が起きているのでしょうか?

書店が減少している3つの大きな理由

そもそも活字離れが叫ばれ、出版業界全体の危機が指摘される中、書店業態、とりわけ実店舗を持つ書店が減少している理由は大きく3つあります。

1. 電子書籍化、書籍インターネット通販の波

出版業界における電子書籍化の波や、アマゾンなど書籍のインターネット通販の発達により、実店舗を持つ書店での書籍販売数が大きく減少したこと

2. インターネット検索の隆盛

インターネットの普及により、サーバやクラウド内に膨大な量の信頼できる情報やデータが蓄積されたことから、知識や情報を必要とする際に、書籍や印刷物を買わなくなったこと

3. 出版物のサブスクリプション化

コミックや雑誌などを中心とした、サブスクリプションによる読み放題サービスの隆盛により、生活者が書籍、雑誌、コミックなどを書店で購入しなくなったこと

[Tips]
書店は、ECやサブスクリプションといったDXが出版業界に与える変化を、最も向かい風として受けている業態だといえる。 

書店の新たな挑戦 

業界全体の縮小傾向の中で、書店もただ手をこまねいているわけではありません。現在、書店のまわりにはいくつもの新しいビジネスの芽が出始めています。

書店の新たな試みのひとつとして、書籍と一緒に書籍以外の読書関連商品を販売する「クロスセル」手法の進化が挙げられます。
元々書店には書籍以外の商品も扱ってきた歴史があります。明治2年に創業した丸善は、創業時から知的好奇心盛んな知識人に向けて、洋書以外に万年筆やタイプライターといった文化雑貨を扱ってきました。またレンタルレコード店を出自のひとつに持つ蔦屋書店(TSUTAYA)では、早くから書籍と音楽ソフトの併売を始めるなど、多くの書店ではかねてより何かしらの雑品が販売され、人文関連の百貨店とでもいうべき側面がありました。
そして最近の傾向としては、書籍の販売以外に「書店で過ごす時間そのものを売る」スタイルのビジネスが登場しています。

[Tips]
書店はそもそも、書籍のみならず知識人の生活に役立つ商品の百貨店的な側面を持っていた。

書店の新たなビジネスの事例

それでは、現在書店ではどのような新しいビジネスが起きているかを見てみましょう。本を売るという本業に近い新ビジネスから、最近では全く新しい発想の新事業まで、ここではいくつかの事例を紹介しますが、それらの新たな挑戦は他の業界での事業開発への示唆に富んだものです。

書店で過ごす「時間」を売る

最近の書店におけるクロスセルの傾向は、書籍や読書生活に関連する商品を併売するというより、書店にいる時間そのものを売り物にしようというものです。
まず挙げられるのは、書店内にカフェやバーを設置するブックカフェ(ブックバー)という業態です。書店内での喫茶サービスは、かつては米国のバーンズ&ノーブルなどの大型書店が長時間滞在する来店者へのサービスとして提供したことで知られており、その起源は書店という業態が発生した当初の17世紀頃にまで遡るともいわれています。

しかし最近のブックカフェは単に書店内に喫茶スペースを設けるのみならず、夜にはアルコールを提供しながら本の読み聞かせなどのサービスを提供したり、著者を呼んでのサロンイベントを実施するなど、書店にいる時間をより豊かにするイベントが充実しています。そして東京の六本木にある「文喫」にように、書店に入る際に入場料を設定するなど、今までの書店にはないビジネスモデルを構築しているところもあります。

それらを推進しているのが、いわゆる独立系の小規模書店です。
上述の通り、書籍の電子化やインターネット通販の隆盛は大型書店の経営を圧迫しましたが、一方ではかつてのように大きな延べ床面積の店舗を作り、幅広いジャンルの多数の書籍を網羅する必要がなくなりました。そのため最近では独自のテーマやカテゴリーを設定し、趣味や嗜好性に特化した小規模の書店が増えているのです。
それら小規模書店の多くは大手書店(チェーン店)ではない独立経営のものであり、経営も異業種の経営者やクリエーターなど多岐にわたり、彼らが独自のコンセプトによって内装から書籍の品揃えまでトータルでデザインするといった個性的な書店が増えているのです。

シェア型ブックストア

最近増加している書店の新形態が、一般の個人を対象に書店の本棚を貸し出す「シェア型ブックストア」です。書店には小振りな段ボール箱サイズ程度に仕切られた本棚が設置され、契約した利用者はそこに自分が売りたい本を置き、書店を通じて委託販売することができます。棚には月極の棚貸し料が設定されており、さながら書店業界の賃貸マンションのような新業態といえます。

全ての棚にはその小さな書店のオーナーの名前が表示されており、著名な作家が近著のサイン本を置いたり、文芸評論家が最近評論した人文書を並べていたりするのを目にします。その意味では、いわば書籍のPR効果を持った小さな書店ということができそうです。
それでも利用者の多くは一般の人であり、市井の読書家が自身のセンスで選び抜いた小説や評論を並べたり、プロレスファンがプロレス関連の貴重な書籍を並べたりというように、思い思いに利用しているようです。とはいえ棚にディスプレイできる本は多くても数冊から十冊であり、それらの委託販売の収益が月間数千円の棚貸し料に見合うとは思えません。
これは少ない投資で収益を上げる売り場というよりは、本棚に並べる本によって自分のセンスを披露する「自己表現の場」なのです。

シークレットブック

書店で売られている書籍で最近少しずつ増えているのが、背表紙まで完全に包装され、買うときにはどんな本なのか全く分からないというシークレットブックのスタイルです。
東京の池袋にある「梟書茶房」というブックカフェでは、売られている全ての本が、題名や装釘が包装紙で隠されたシークレットブックです。
また全国で書店を展開する天狼院書店では、定期的に書店が選定する1冊の「秘本」を販売しています。「秘本」はタイトルや内容を知らされないばかりか、ジャンルなども含めてまったく手がかりのない状態で販売されます。ただしその本には買った全員が参加できる読書会の参加券が用意されています。
三省堂書店は、シークレットブックに番号を付け、同じく数字を書いたくじを引いて買う本が決まる「本みくじ」という企画を定期的に実施しています。まさに神の導きで本と出会う経験です。

シークレットブックのスタイルはなぜ流行し始めているのでしょう?
それは現在なお定期的に書店を訪れる読書好きの気質と関係があると言います。常に新しい本との出会いを求めて書店を訪れる消費者は、書店で思いがけずそれまで知らなかった好みの本と出会うことに感動するといいます。それをさらに推し進め、書店での本との出合いではなく、読むときに包装紙を破って初めて本と出合う感動を最大限にしようというのが、このシークレットブックスのタイルだといえます。そしてこれは電子書籍ではなかなか味わえない、紙の書籍ならではの付加価値を創り出した例です。

書店、読者、著者が濃密に触れ合う体験

東京都銀座には、1週間単位で1種類の本しか置かないという変わった書店があります。ひとつの本しか置かない代わりに、その本から派生するさまざまな商品を本と一緒に展示販売する「森岡書店銀座店」です。この店の狙いは、著者と読者が直接コンタクトする場を提供するところにあります。店内には著者がいることもあり、来店者は買った本への揮毫(サイン)をお願いしたりするだけでなく、著者と触れあい、しばし話しこむ光景も見られます。

愛知県にある古書店「古本屋かえりみち」には、読者の希望に合わせて店が本を選び、作品の紹介やエピソードなどを綴った手紙を添えて送る「本の小包」というサービスがあります。例えば、本を読みたいがどんな本を読んだらよいか分からない、読む本の世界を広げたいというような読書のリクエストから、悩みから抜け出す糸口を探したい、最愛の人を亡くした心の穴を埋めたいなどといった人生相談のようなリクエストにも応えるこのサービスは、読者から高い評価を受けています。

両者とも単に本を売るだけでなく、本を通して書店と読者が、また書店を通じて著者と読者が濃密に触れ合う体験を商品化しているという点で、書店の提供価値を広げることに成功しています。

[Tips]
書店の新ビジネスに共通するのは、本との出会い、本に囲まれていること、本が好きな人への愛情を大切にしていること。

新型コロナが書店の追い風に

日本ではまだ書店が閉店するという話題の方が目立ちますが、小規模の独立系書店を中心に、書店の新規開店は徐々に増加しています。実はこれは世界的な傾向で、アメリカやイギリスではむしろ書店の増加が話題になっており、書店業界が復活という報道がされるほどです。

この世界的な傾向の原因となっているのが、2020年に世界的に発生した新型コロナウイルスのまん延です。世界の各国で人々の外出が制限されたことで、読書ブームが一斉に再燃したのです。さらに本を買うにしても、インターネット通販ではなく、わずかな買い物の外出時間に書店に足を運んで魅力的な本を探す楽しみが再評価されたのです。

これまで見てきた事例は、本が好きな書店の店員や経営者が紙の書籍を実店舗で販売することにこだわって新事業を構想したという、ある意味逃げ場のないところからの逆転の発想が結果を出し始めている例だといえます。その意味で、他の小売業や異業種における事業構想に対して、何かしらヒントとなる示唆があるのではないでしょうか。

[Tips]
新型コロナまん延の影響もあり、書店で本と出会うという生活価値が世界的に再評価され始めている。 

まとめ

活字離れ、出版不況の煽りをまともに受ける形で規模を縮小している書店業態ですが、実店舗で紙の書物を売るという、デジタル化の流れとは真逆のある意味逃げ場のない業態ならではの発想で、書店を舞台とした魅力的な新ビジネスを次々に立ち上げています。
また新型コロナのまん延などの影響もあり、書店という業態には追い風も吹き始めています。
書店の新たなビジネス(=提供価値の構想)は、他の小売業や異業種にも参考になることでしょう。

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